大判例

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最高裁判所大法廷 昭和39年(オ)883号 判決 1972年11月08日

上告人

大竹米治

右訴訟代理人

高橋岩男

右訴訟復代理人

佐々木秀典

松浦基之

被上告人

和島興業株式会社

右代表者

和島勇三郎

主文

原判決のうち上告人の被上告会社に対する株主総会決議取消の予備的請求、取締役会決議無効確認請求および株主の地位不存在確認請求を各棄却した部分を破棄し、第一審判決のうち上告人の被上告会社に対する取締役会決議無効確認請求および株主の地位不存在確認請求を各棄却した部分を取り消す。

被上告会社の昭和三一年九月一六日開催の株主総会における別紙第一役員名簿記載の旧役員の解任および別紙第二役員名簿記載の新役員の選任の各決議を取り消す。

被上告会社の昭和三一年九月一六日開催の取締役会における代表取締役和島勇三郎選任の決議が無効であることを確認する。

和島勇三郎が被上告会社の株主でないことを確認する。

上告人のその余の上告を棄却する。

本件訴訟の総費用のうち上告人と被上告会社との間に生じたものはこれを五分し、その四を被上告会社の負担とし、その余を上告人の負担とする。

理由

上告代理人高橋岩男の上告理由について。

原審が適法に確定した事実は、次のとおりである。すなわち、被上告会社は、昭和一五年一〇月二五日和島興業有限会社として設立され、同二四年二月五日株式会社に組織変更されたものであつて、資本金二〇〇万円、発行済株式総数二万株、一株の金額一〇〇円とされているが、株式会社となつてからも、株券は全く発行されていなかつた。そして、上告人は一〇〇株、和島勇三郎(第一審共同被告)は一六、〇〇〇株を有する被上告会社の株主であつたが、昭和二八年五月初旬にいたり、勇三郎は、自己の有する一六、〇〇〇株を上告人に対し意思表示のみによつて譲渡し、被上告会社は、これを承認して備付けの株主台帳にその旨登載し、同年六月二五日株券の発行を行ない、上告人に対し、右一六、〇〇〇株についても、上告人を原始株主として表示する株券を交付した。ところが、昭和三一年になつて、勇三郎は、訴外和島いとと共同で、旭川地方裁判所に株主総会招集許可の申請をし(同裁判所昭和三一年(ヒ)第六号事件)、同年八月三〇日招集許可の決定を得て、株主総会を招集し、同年九月一六日勇三郎宅で株主総会を開催、右総会において、別紙第一役員名簿記載の被上告会社役員の解任の決議および別紙第二役員名簿記載の新役員の選任の決議をし、ついで、新たに取締役に選任された四名により取締役会を開催、勇三郎を被上告会社の代表取締役に選任する旨の決議をした。ところで、右株主総会においては、上告人、勇三郎、訴外和島いと、同矢代好雄こと矢代洪士の四名の出席のもとに、それぞれ、上告人一〇〇株、勇三郎一六、〇〇〇株、和島いと一五〇株、矢代洪士一、五五〇株(合計一七、八〇〇株)の株式を有するものとして議決権を計算し、途中退席した上告人一〇〇株を除き、一七、七〇〇株の株主の賛成意見によるものとして、前叙の決議がされたものであつて、旧役員の解任については商法二五七条二項、二八〇条、三四三条、取締役の選任については被上告会社の定款三二条二項(取締役の選任決議は、発行済株式総数の三分の一以上にあたる株式を有する株主が出席し、その議決権の過半数をもつて決する旨の定め)、監査役の選任については商法二三九条一項所定の各議決権数(定足数)を充たすものとされた。

原審は、以上の事実関係に基づき、勇三郎から上告人に対する株式一六、〇〇〇株の譲渡は株券発行前のものであるから、被上告会社に対してはその効力を生ぜず、勇三郎は、いぜん一六、〇〇〇株の株主であると判断し、定足数の不足と非株主たる勇三郎の決議関与とを理由とする上告人の右株主総会決議取消の予備的請求およびこれを前提とする右取締役会決議無効確認の請求ならびに被上告会社との間で勇三郎が被上告会社の株主でないことの確認を求める請求をいずれも棄却しているのである。

しかしながら、勇三郎から上告人に対する前記株式の譲渡が被上告会社に対しその効力を生じないとする原審の判断は、以下の理由により、正当と認めることはできない(なお、上告人は、ほかにも、株主総会決議の方法の瑕疵を主張したのに対し、原審は、これをも排斥しているが、その当否はしばらくおく。)。

おもうに、本件株式譲渡が行なわれた当時の商法の規定によれば、株式の譲渡は、絶対的に自由で、定款によつてもこれを禁止または制限することができないものとされ(昭和四一年法律第八三号による改正前の二〇四条一項)、また、記名株式の譲渡は、株券の裏書によるかまたは株券および所定の譲渡証書の交付により、これをなすべきものとされていた(右改正前の二〇五条一項)。右改正法においては、株式の譲渡につき定款をもつて取締役会の承認を要する旨を定めることができることとしたとはいえ、いぜん、原則として、株式譲渡の自由を認め(現行の二〇四条一項本文)、その譲渡は株券の交付によりすべきものとする(同じく二〇五条一項)とともに、右改正前と同様、株券の発行前にした株式の譲渡は会社に対しその効力を生じない旨を定めているのである(二〇四条二項)。これによつてみれば、右改正の前後を通じて、同法の趣旨とするところは、株式の譲渡は、自由ではあるが、それは、株券の発行を前提とし、これをまつて行なわれるべきものとするにあるものと解せられ、同法が、株式会社はその成立後または新株の払込期日後遅滞なく株券を発行すべきものとしている(二二六条一項、但し、前記改正法により設けられた二二六条ノ二の場合を除く。)のも、右の趣旨に則つたものということができる。したがつて、もし、株式会社が株券の発行を遅滞することにより、事実上、株式譲渡の自由を奪う結果になるとすれば、それは、同法の右趣旨にもとるのみならず、信義則上も容認できないところといわなければならない。

以上述べたところから商法二〇四条二項の法意を考えてみると、それは、株式会社が株券を遅滞なく発行することを前提とし、その発行が円滑かつ正確に行なわれるようにするために、会社に対する関係において株券発行前における株式譲渡の効力を否定する趣旨と解すべきであつて、右の前提を欠く場合についてまで、一律に株券発行前の株式譲渡の効力を否定することは、かえつて、右立法の趣旨にもとるものといわなければならない。もつとも、安易に右規定の適用を否定することは、株主の地位に関する法律関係を不明確かつ不安定ならしめるおそれがあるから、これを慎しむべきであるが、少なくとも、会社が右規定の趣旨に反して株券の発行を不当に遅滞し、信義則に照らしても株式譲渡の効力を否定するを相当としない状況に立ちいたつた場合においては、株主は、意思表示のみによつて有効に株式を譲渡でき、会社は、もはや、株券発行前であることを理由としてその効力を否定することができず、譲受人を株主として遇しなければならないものと解するのが相当である。この点に関し、最高裁昭和三〇年(オ)第四二六号同三三年一〇月二四日第二小法廷判決・民集一二巻一四号三一九四頁において当裁判所が示した見解は、右の限度において、変更されるべきものである。

これを本件についてみると、前叙のとおり、被上告会社は、株式会社に組織変更後四年余の長きにわたつて全く株券を発行することなく放置していたものであり、これが商法の規定の趣旨に反する不当な株券発行の遅滞であることは明らかである。そして、勇三郎は、そののちになつて、上告人に対し前記株式を意思表示のみによつて譲渡したのであるから、株券発行前であるからといつて、被上告会社に対する関係においてその譲渡の効力を否定することは、信義則からいつても、相当とはいえない。ましてや、被上告会社においては、右譲渡を承認して株主台帳(株主名簿と異なる趣旨のものとは解しえない。)にこれを記載し、そののちに右株式について株券を発行したというのであるから、信義則上も、右株式の譲渡は、被上告会社に対してもその効力を生じ、上告人は、右株式につき、株主としての権利を行使する資格をそなえるにいたつたものといわなければならない。

そうとすれば、前記株主総会の決議は、わずか一、七〇〇株の議決権によつてなされたものであつて、商法(取締役の選任については定款)所定の議決権数に遠く及ばないことが明らかであり、この点の瑕疵により右決議は取消を免れない。そして、この決議により選任された別紙第二役員名簿記載の取締役四名により、そのうちの勇三郎を代表取締役に選任した取締役会の前記決議は、右株主総会決議の取消により、右選任決議の時に遡つてその効力を否定されるべきものといわなければならない。

よつて、本件上告中、(イ)株主総会決議取消の予備的請求、(ロ)取締役会決議無効確認請求および(ハ)勇三郎が被上告会社の株主でないことの確認の請求に関する部分については、論旨一は理由があるから、論旨二に対する判断をまつまでもなく、原判決中右各請求を棄却した部分を破棄することとし、本件は原審の確定した事実に基づき当裁判所において裁判をするに熟するものと認められるところ、第一審判決は、右(ロ)(ハ)の請求を原審と同趣旨の理由で棄却しているので、その部分を取り消したうえ、右(イ)(ロ)(ハ)の各請求を認容することとする。

上告人のその余の上告(株主総会決議無効確認の第一次請求を原判決が棄却した部分に対するもの)については、論旨一、二はすべて原判決理田中の判断に関係がないから、採用に由なく、棄却を免れない。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、三八六条、九六条、九二条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官下村三郎、裁判官色川幸太郎は、出張中につき評議に関与しない。

(石田和外 田中二郎 岩田誠 大隅健一郎 村上朝一 関根小郷 藤林益三 岡原昌男 小川信雄 下田武三 岸盛一 天野武一 坂本吉勝)

第一 旧役員名簿

取締役の氏名および住所

旭川市東七条一丁目 大竹米治

同市十条通九丁目右七号 山崎周治

同市七条通七丁目右四号 照井善吉

同市東七条一丁目 渡辺カネ

代表取締役 大竹米治

監査役の氏名および住所

旭川市三条通九丁目右三号

田村正典

同市東七条一丁目 松井豊

第二 新役員名簿

取締役の氏名および住所

旭川市十条通十五丁目右十号

和島勇三郎

同所 和島いと

同市曙三条六丁目 矢代好雄

同市東七条一丁目 高畑春夫

監査役の氏名および住所

旭川市三条通八丁目 管功

上告代理人高橋岩男の上告理由

一 原判決は法律の解釈を誤つた違法があり破毀を免れない。

原判決はその理由に於て、株券発行前の株式譲渡に付き事実関係を左の通り認定し乍ら、右株式の譲渡を無効と断定した。

被上告人会社は昭和二八年五月六日上告人の請求に基き、被上告人勇三郎の上告人に対する単純なる意思表示による本件株式譲渡を承認し、被上告人会社備付の株主台帳にその旨登載すると共に、同年六月二五日頃株券の一般発行を行つたが、そのうち上告人が被上告人勇三郎より譲受けた株式の株券は被上告人勇三郎が株主であつたことを、なんら表示することなく、上告人を原始株主として表示し直接上告人に交付されたことが認められるが云々と事実認定をした。

商法第二百四条第二項の規定は株券の発行前になしたる譲渡の効力を規律した規定であることは論をまたないが、本件の如く株券の未発時代に譲渡があり、その後譲渡の効力を認めて、株券を発行した場合には適用がない。原審判決が引用する最高裁判所昭和三三年一〇月二四日言渡の同庁昭和三〇年(オ)第四二六号判例は株券未発時代における株式の譲渡に関する判例で本件の如くその後譲渡に基き株式の発行せられた場合の判例でないから、本件事案に適切な判例とは言へない。

従つて本件の如く、株券未発行時代に於ける株式の譲渡で、会社が譲渡を容認し、株券譲渡に基き、株券を発行した場合該株式の譲渡は有効となるものと言はねばならない。

若し仮に原審判決認定の如く反対説を正論と認めむか、会社の運営に不都合が生するのみならず、証券取引界に由々しい大問題を提供することになる、即ち株主の譲渡人は株主としての地位を既に喪失したものと判定し株主としての地位に仮眠して、権利の行使、義務の履行に消極的にならざるを得ないであろうし他面、株式の譲受人は株主としての権利を得、義務を負担しないため、権利の行使と義務の履行をすることができない結果、会社の議決権その他の権利行使が渋滞し、引いては会社の運営が出来なくなる、又株式譲渡後、未発行株券が発行せられむか該株券が法律上無効であるから、斯る無効株券が証券取引界に流通する場合、善意の株券取得者は不測の損失を蒙むることになる、殊に本件の如く特定株主が絶対多数の株式を所有しているときはその弊害は一層甚大である。

原審判決認定の如く、被上告人を保護する反対説に従へは斯る不都合矛盾が累積するも、上告人の主張する上告人保護肯定説に従ふ場合、如何なる弊害が発生するやと云ふに、何等の弊害を予測することが出来ないばかりか、否寧ろ何等の支障も感じない、上告人の説こそ商法第二百四条第二項の立法精神に合致する解釈と云はねばならない。

要するに商法第二百四条第二項の規定は、株券発行前に株式の譲渡があり、未だ株式譲渡を受けた株式の発行のない状態に於ける規律であり、本件の如く株式譲受人である上告人が株式の発行を受け、既に株券を保持する場合には適用がない、原判決が援用の判例は本件の場合に不適切である。

二、省略

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